第1章 予兆|最初にやること
親が認知症になると実家は売れない?成年後見と家族信託
認知症の診断だけで実家が売れなくなるわけではありません。契約時に意思能力がなければ無効で、その後は成年後見人が家庭裁判所の許可を得て売ります。
- 親が契約したときに意思能力がなければ、その契約は無効です(民法3条の2)。子が代わりに売ることもできません。診断名ではなく、契約した時点の状態で決まります。
- 意思能力を失った後は、成年後見人が実家を売ります。住んでいた家の売却には、家庭裁判所の許可が必要です(民法859条の3)。家族信託は、親に意思能力があるうちにしか結べません。
- どの方法が合うかは、親の状態と時期で変わります。あなたのケースは診断で確かめてください。
親が認知症になると、実家は本当に売れなくなりますか?
認知症という診断だけで、売れなくなるわけではありません。売れなくなるのは、契約をした時に親に意思能力がなかった場合です。その場合の契約は無効です(民法3条の2)。
意思能力とは、自分がする契約の意味や結果を理解して判断する力です。判断するのは契約した時点の状態で、診断名だけでは決まりません。個別の判断は、弁護士・司法書士・家庭裁判所にご確認ください。
意思能力がないときに、売る手段がなくなる理由は2つあります。
- 子が代わりに売れません。 代理権のない人がした契約は、本人が追認しない限り効力がありません(民法113条)。代理権を与える委任も法律行為で、与える時に意思能力が要ります。
- 親が自分で売る契約も、無効になりえます。 無効とされると、売買の効力が初めからなかったことになります。
そのため、意思能力を失った後に実家を売るには、成年後見などの手続きを使います。
認知症の親の家を売る方法は、どれがありますか?
方法は、親が自分で売る、成年後見(法定後見)、任意後見、家族信託の4つです。親の状態と時期で、使える方法が変わります。
| 方法 | 使える時期 | 誰が売るか | 家庭裁判所の許可 |
|---|---|---|---|
| 親が自分で売る | 契約時に意思能力がある | 親本人 | 不要 |
| 法定後見(後見) | 意思能力を欠く状態になった後 | 成年後見人(家庭裁判所が選ぶ) | 居住用不動産の処分は必要(民法859条の3) |
| 法定後見(保佐・補助) | 判断能力が著しく不十分、または不十分 | 本人。保佐人に同意権(不動産の売買は同意が必要)、または代理権が付くと保佐人 | 保佐人・補助人が居住用不動産を処分する場合は必要(民法876条の5・876条の10) |
| 任意後見 | 契約は意思能力があるうち。効力は家庭裁判所が監督人を選んだ時から | 任意後見人(契約で代理権を定める) | 任意後見契約法に定めは見当たらない |
| 家族信託 | 契約は意思能力があるうち | 受託者(家族など) | 信託法に定めは見当たらない |
任意後見の許可の扱いは、契約の内容と任意後見監督人の関わり方で変わります。条文だけでは決まらないため、専門家に確認してください。
成年後見(法定後見)で実家を売る手順は?
成年後見で売る手順は、申立て、審判、後見人による売買契約、居住用不動産の処分許可、売却の順です。申立てから後見の開始まで、多くの場合4か月以内です(法務省)。
- 申立てをする。 本人の住所地を管轄する家庭裁判所に、本人、配偶者、四親等内の親族などが申し立てます(民法7条、家事事件手続法117条)。
- 審判を受ける。 家庭裁判所は後見開始の審判をし、職権で成年後見人を選びます(民法8条・843条)。
- 後見人が本人に代わって契約する。 後見人は本人の財産を管理し、財産に関する法律行為で本人を代表します(民法859条1項)。
- 許可を得て売る。 居住の用に供する建物やその敷地の売却は、家庭裁判所の許可が必要です(民法859条の3)。許可するかは事案ごとの判断で、条文に数値の基準はありません。
申立ての費用は、収入印紙800円と登記手数料2,600円のほか、郵便切手と戸籍謄本などの書類代です。鑑定が必要な場合の鑑定料は、ほとんどの場合10万円以下とされています(法務省)。資力が乏しいときは、法テラスの民事法律扶助や市町村の費用助成が使えることがあります。
申立ての前に、次の点を知っておく必要があります。
| 点 | 内容 |
|---|---|
| 後見人は誰になるか | 申立書に候補者を書いても、その人が選ばれるとは限りません。弁護士、司法書士、社会福祉士などの専門職が選ばれることもあります |
| 選ばれなかったとき | 希望した人が選ばれなかったことを理由に、不服申立てはできません |
| 取り下げ | 審判の前でも、家庭裁判所の許可がなければ取り下げられません(家事事件手続法121条) |
| いつまで続くか | 本人の判断能力が回復するか、本人が亡くなるまで続きます。売却が終わっても、家族の意思で利用をやめることはできません |
出典は、民法・家事事件手続法と、法務省、裁判所の案内です。
成年後見の後見人報酬は、いくらかかりますか?
後見人への報酬は、家庭裁判所が決め、本人の財産から支払われます。親族以外が成年後見人になった場合、本人の流動資産額が1,000万円未満なら、報酬付与額は年20万円台が最も多くなっています(最高裁判所事務総局家庭局の調査)。
調査は、令和7年(2025年)7月から12月に認容で終局した報酬付与申立事件で、成年後見人の分は66,111件(親族を含む)です。「流動資産額」は、現金、預貯金、有価証券の合計です。「報酬付与額」は、報酬付与の対象期間中の報酬として審判で決まった額で、対象期間は12か月とは限りません。
| 流動資産額 | 最も多い報酬付与額の帯 | その割合 |
|---|---|---|
| 100万円未満 | 20万円台 | 73.9% |
| 100万円以上500万円未満 | 20万円台 | 80.2% |
| 500万円以上1,000万円未満 | 20万円台 | 80.6% |
| 1,000万円以上5,000万円未満 | 30万円台 | 54.0% |
| 5,000万円以上1億円未満 | 60万円台 | 50.3% |
| 1億円以上 | 70万円台 | 43.0% |
対象は、親族以外の成年後見人で、付加報酬の求めがない場合です。親族が成年後見人になった場合や付加報酬の求めがある場合の分布も、同じ資料に載っています。実家を売って預貯金が増えると、流動資産額の区分が上がることがあります。
後見が続く間、報酬を付与する審判がされれば、本人の財産から支払いが続きます。売却だけを目的にしても、後見を始めれば報酬の可能性があります。
保佐・補助・任意後見では、居住用不動産の売却はどうなりますか?
保佐人または補助人が、代理権を使って居住用不動産を処分するときも、家庭裁判所の許可が必要です。民法876条の5第2項と876条の10第1項が、859条の3を準用しています。
保佐は、判断能力が著しく不十分な人が対象です(民法11条)。被保佐人が不動産の売買などをするには、保佐人の同意が必要で、同意なしにした行為は取り消せます(民法13条1項3号・4項)。保佐人に代理権を付ける審判があれば、保佐人が代わりに契約できます(民法876条の4)。
任意後見とは、本人が判断能力のあるうちに、将来の生活や財産管理の事務を委託し、代理権を与える契約です(任意後見契約に関する法律2条1号)。効力は、家庭裁判所が任意後見監督人を選任した時から生じます(同法4条)。
任意後見契約法には、居住用不動産の処分に許可を求める定めがありません。ただし、任意後見人が実家を売れるのは、契約で定めた代理権の範囲内です。不動産の売却が代理権に含まれていない契約では、売れません。契約書の代理権の一覧を確かめます。
家族信託とは何で、いつまでに始めればよいですか?
家族信託は、親が元気なうちに、家族に財産の管理・処分を託す仕組みです。親に契約する意思能力があるうちにしか結べず、意思能力を失った後は使えません。
信託とは、特定の者が一定の目的に従い財産の管理または処分をすべきものとすることです(信託法2条)。家族信託は法律上の用語ではなく、家族を受託者とする信託の通称です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 仕組み | 委託者(親)が受託者(子など)と信託契約を結び、受託者が信託財産を管理・処分する(信託法3条1号) |
| 効力が生じる時 | 信託契約を結んだ時(信託法4条1項) |
| 受託者の権限 | 信託財産の管理・処分。信託行為で制限できる(信託法26条) |
| 受託者の義務 | 善良な管理者の注意をもって信託事務を処理する(信託法29条2項) |
| 不動産の場合 | 信託の登記を、移転の登記と同時に申請する(不動産登記法98条) |
受託者が実家を売るのに、家庭裁判所の許可を求める定めは、信託法に見当たりません。売れる範囲は、信託契約にどう書くかで決まります。売却を想定していない契約では、売れません。
家族信託に向かない場合があります。
- すでに親の意思能力がなく、契約を結べない場合。
- 親族の間で、受託者を誰にするかの合意が取れていない場合。
- 信託する財産に含めなかった財産を、後から処分したい場合。
- 施設への入所契約や医療の手続きなど、財産以外の事務を任せたい場合。信託は財産の管理・処分の仕組みです。
信託の登記の費用や専門家への報酬は、公的な目安を確認できていないため、金額を書きません。契約前に見積りを取って確認してください。
いまの状況で、何を確かめ、どの順に動きますか?
まず親の意思能力を確かめ、次に名義、期限、方法の順に進めます。意思能力があるうちは、売る方法と信託の選択肢が残ります。
| 親の状態 | 先に確かめること | 使える方法の目安 |
|---|---|---|
| 判断に不安はあるが、契約の内容を理解できる | 医師やケアマネジャーに状態を相談し、早めに方針を決める | 親が自分で売る、任意後見、家族信託 |
| 判断能力が不十分になってきた | 保佐・補助の申立て、家庭裁判所の手続案内 | 法定後見(保佐・補助) |
| 意思能力を欠く状態 | 家庭裁判所の手続案内、四親等内の親族の申立て | 法定後見(後見) |
| 売るかどうか決まっていない | 保有コストと期限を試算し、家族で方針を決める | 当面は待つ(保有コスト) |
売る場合の税金にも期限があります。親が自宅を売るときの3,000万円控除は、住まなくなった日から3年を経過する日の属する年の12月31日までの売却が条件です(租税特別措置法35条、国税庁No.3302)。成年後見の手続きに4か月ほどかかるため、期限の年末が近いと間に合わなくなる場合があります。親が施設に入った場合の判断は、親が施設に入って実家が空き家にで整理しています。
成年後見人が売る場合の、家庭裁判所への許可申立ての費用は、譲渡費用に含められるとする東京国税局の文書回答事例があります。実際の扱いは、税務署・税理士にご確認ください。
どの方法を選ぶかは、あなたの家と家族の状況で変わります。記事冒頭の診断で、売る・貸す・手放すなどの出口を絞れます。
この記事で使える計算ツール
計算ツールは、本文の後に置く追加機能です。ツールが動かない環境でも、本文の説明と表の計算例だけで内容を読めます。
よくある質問
認知症の親の家は、売れませんか?
診断だけで売れなくなるわけではありません。契約した時に意思能力がなければ無効になります(民法3条の2)。その場合は、成年後見人が家庭裁判所の許可を得て売ります。
成年後見人を立てずに、子が親の家を売れますか?
親に意思能力がなければ、子が代わりに売ることはできません。代理権のない契約は、本人が追認しない限り効力がありません(民法113条)。
成年後見で家を売るのに、家庭裁判所の許可は必ず必要ですか?
本人が住んでいた建物やその敷地の売却には、必要です(民法859条の3)。保佐人・補助人が代理権で売る場合も、準用されます。
認知症になってからでも、家族信託はできますか?
親に契約を結ぶ意思能力がなければ、結べません。信託契約を結べるのは、意思能力のあるうちです。
成年後見は、家を売ったら終わりますか?
終わりません。本人の判断能力が回復するか、本人が亡くなるまで続き、家族の意思でやめることはできません(裁判所)。
この記事の根拠
- 民法(e-Gov法令検索)3条の2・7条・8条・11条・13条・113条・843条・858条・859条・859条の3・876条の4・876条の5・876条の10(確認日 )
- 任意後見契約に関する法律(e-Gov法令検索)1条・2条・4条(確認日 )
- 信託法(e-Gov法令検索)2条・3条・4条・26条・29条(確認日 )
- 不動産登記法(e-Gov法令検索)97条・98条 信託の登記(確認日 )
- 家事事件手続法(e-Gov法令検索)117条 管轄・121条 申立ての取下げの制限(確認日 )
- 法務省 成年後見制度Q&A(Q21〜Q25 申立費用・手続期間・中途でやめられないこと)(確認日 )
- 裁判所 成年後見制度(後見・保佐・補助)の概要を知りたい方へ(候補者が選ばれない場合・取下げ・利用の継続)(確認日 )
- 最高裁判所事務総局家庭局「報酬に関する実情調査の集計結果について - 令和7年7月~12月 -」(確認日 )
- 裁判所 報酬の付与(成年後見制度、未成年後見制度)(確認日 )
- 国税庁 No.3302 マイホームを売ったときの特例(令和8年4月1日現在法令等)(確認日 )
- 東京国税局 文書回答事例「成年後見人が成年被後見人の所有する居住用不動産を売却するに当たり支払った家庭裁判所への居住用不動産処分許可申立手続に係る費用の税務上の取扱いについて」(確認日 )
最終更新:2026年10月17日。制度の数字は2026年10月時点の公表情報です。
- 民法3条の2・7条・8条・11条・13条・113条・843条・859条・859条の3・876条の4・876条の5・876条の10、任意後見契約に関する法律、信託法、不動産登記法98条、家事事件手続法117条・121条(e-Gov法令検索、2026年10月17日確認)
- 法務省「成年後見制度Q&A」(申立費用、期間、中途でやめられないこと)、裁判所「成年後見制度(後見・保佐・補助)の概要」(2026年10月17日確認)
- 最高裁判所事務総局家庭局「報酬に関する実情調査の集計結果について(令和7年7月〜12月)」(2026年10月17日確認)
- 国税庁 No.3302、東京国税局の文書回答事例(2026年10月17日確認)
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